山梨県にある小さな町の公立小学校で、当時2年生だった男子児童、ケンジくん(仮名)に対するいじめが起きた。
言葉のからかいから首絞め、カッターを使ったおどしまでエスカレートし、ケンジくんは不登校に追い込まれて、最終的には県外転校を余儀なくされた。
学校側は「いじめ重大事態」に認定し、専門の調査委員会が設置されたが、保護者が当初からいじめをうったえていたにもかかわらず、報告書では、大半のいじめについて、学校側が半年後に認知したことになっていた。
こうした事情から、保護者は今も学校に対する不信感を持っている(ライター・渋井哲也)
●いつも休み時間に首を絞められていた
ケンジくんの母親によると、2022年4月からクラスメート2人によるいじめが始まった。
生まれつき疲れやすい体質のため、ケンジくんは主治医のアドバイスに従って、遅刻や早退しながら登校していた。
そのことで、別の2人に「たのしい授業があるときだけ来て、ずるい」「さぼってやんの」とからかわれた。
さらに、クラスメートのAくんに首を絞められることもあった。
「首絞めはいつも休み時間に教室や校庭でされていました。Aくんが首の後ろから腕をまわして締め付けて、ケンジが苦しそうな顔をするとやめる。本当に苦しくて怖いんだけど、Aくんは面白がってやめない。強めに『やめて!』と言うと、Aくんはニヤニヤ笑いながらどこかへ行ったそうです」(母親)
学校に行きたがらなくなったケンジくんに対して、母親は何かあったのかと聞いた。
「最初のころは、はっきり聞けなかったんですが、少しずつケンジは『からかいがある』と言うようになったんです。このころは、まだ(いじめの対応に)親が出ていくなんて考えていなかったんです。それで『言い返したほうがいいんじゃないか?』とか『先生に助けを求めた?』と聞きました」
しかし、いじめは、先生たちが見ていないところで起きていた。また、ケンジくんが助けを求めても、先生は「僕は見ていない」「本当にあったの?」などと言い、彼の話は十分に聞いてもらえなかったという。いじめはエスカレートしていく。
「いじめがひどくなり、学校に行くのを嫌がっていったんです。首締めは本当に怖かったようで。『先生も助けてくれないのにどうしたらいいんだ』って不安になりました。首絞めは4月中に数回あったはずですが、正確な日付がわかりません。Aくんは首絞めを認めませんでした。そんな中で次の事件が起きたんです」
●段ボールカッターを振り下ろされる事件
ケンジくんは4月22日、ナイフ型の段ボールカッターを目に向けて振り下ろされた。
「学校に車で迎えに行くんですが、ケンジが私の顔を見た瞬間に顔がくしゃくしゃになって、車に乗った途端に号泣したんです。悲鳴のような泣き方でした。
最初は何が起きたのか話してくれませんでした。『怖いから思い出したくない』『怖い』と言って泣きじゃくっていました。2時間くらい抱っこしていたら、少し話してくれました。
『Aくんがカッターを目に向けて振り下ろし、脅した』って。それ以上は詳しく聞けませんでした。その日のうちに担任に電話をしました。すると、『わかりました』って、一言だけで切られましたが、すぐに対応してもらえると思ったんです」
翌週、担任は、クラスの児童全員を集めて「正しいカッターの使い方」を指導した。
「クラス全員に『カッターを使っていたずらをした、よくない使い方をした人がいると聞いた』とは言ったようですが、事情を聞くことも注意することもなかったようです。
担任がカッターを手のひらに当てて『これ、本当に切れるのかな』と引いたところ切れてしまい、子どもたちの前で血が出たようです。それを見て、ケンジはさらに怖くなり、下校時に前回と同じ状態になったんです」
母親はその日の夕方、再び担任に電話して事情を説明した。「どうして、相手の子を注意しなかったのか?」と尋ねると、担任は「僕が(カッター事件を)見ていないので、聞けません」と答えたという。
その言葉を受けて、母親は「見ていなくて、犯人扱いするのが嫌なら、せめて事情を聞くことはできるのでは?」とも聞いた。しかし、はっきりとした態度は示さず、誤魔化されたという。
その後、ゴールデンウィークに入るなど、休みの日が続いたこともあり、ケンジくんはだんだん登校できなくなった。
「(問題の)カッターは、低学年の子が使う、そんなに切れないものだと思っていたんです。そんなに切れないものとはいえ、目の前で振り下ろされたら相当怖いと思います。なんで教室にあったのか。
ケンジが怖がると面白がってエスカレートしていたようです。ですが、担任がまったく耳を貸さないため、『誰も助けてくれない』という状況へのストレスが大きかったので、学校へ行けなかったんだと思います」
●三者面談で担任に伝えたが・・・
やがて学校に行ける日もあれば行けない日もある「五月雨登校」になった。「今度、首を絞められたらどうしたらいいのか?」「周りの先生は助けてくれない」と言うようになった。
そのことも母親は担任に伝えていた。担任は、かつてケンジくんの兄の担任でもあった。そのときは丁寧な対応をしており、母親は信頼していた。そのため、急に話を聞いてくれなくなったと感じたという。
秋ごろ、ケンジくんは精神的に不安定になり、病院に通うようになる。
9月30日、担任との三者面談で、ケンジくんは「いじめの対応についてもっとこうすればいいんじゃないか」と言ったり、加害児童のストレスを心配して「厳しくするのではなく、先生も親も話を聞いてほしい」などと15分くらい話した。
担任は黙って聞いていたが、最後に「個人の価値観だからね」と口にしたという。
「ケンジのスタンスにびっくりしました。なんでかな、と思ったんです。あとから聞いたら『この人(担任)に何を話しても無駄だ。いじめられて傷ついていることを言いたくない。傷ついていると見られたくない』と言ったんです」
三者面談の最後、母親は「このままですか?」と聞くと、担任は「このままでいいとは思っていない」と述べたという。
母親は「スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーに間に入ってもらって、交通整理をしたほうがいい。いろんな人が関わったほうがいい」と、スクールカウンセラーのスケジュールを調べたうえで提案した。担任は「そうしようと思います」とうなだれた。
●欠席の理由は「家庭の事情」とされていた
のちに町に個人情報開示を請求して面談の記録を見た。すると、内容が書き換えられていたという。
「報告書には『担任が、母親とケンジにからかいについて相談されて同級生に対応をした』という説明と『謝罪をした』となっていました。警察に行くまで、ずっと無視されて対応をしてくれなかったのに」
こうした点も含め、かなりの部分で事実ではない記述が多かったために、のちに設置された調査委員会に対して、母親は「事実ではない報告について」という文書で具体的に指摘した。しかし、反映されなかった。
一方、ケンジくんは10月の運動会後、学校に行かなくなった。一切外に出られなくなったり、気持ちの変化が激しくなり、「家族以外が敵のように見える」と言い出したという。
なお、二学期の通信簿では、欠席の理由は「家庭の事情」になっていた。母親は「このときから揉み消されている」と感じていたそうだ。
●カッターの保管ミスだった
翌年1月、母親は学校を訪れて「今後、対応しないのであれば、外部に通報します」と伝えた。特に連絡はなかったために、2月に入って警察に相談した。このとき、担任によるカッターの保管ミスが発覚する。
「いじめに関して警察に話をするために、ケンジの話を聞きながら文書でまとめていたんです。そのときに『カッターが出しっぱなしだった』と担任のカッターの保管ミスを初めて話したんです」
警察は、母親の相談のあと、すぐに学校に事実確認をおこなった。何回か事実確認のやりとりがあったという。
後日、警察は、母親に対して「学校の対応は誠実とは言えない。学校は教育委員会に報告したと言っているが、念のため、直接、教育委員会に相談するように」とアドバイスした。
母親は教育委員会にいじめの事実を説明し、第三者委員会の設置を要望した。学校は警察の事情聴取を受けた。このとき、いったんは、いじめの事実を認めた。
「しかし、『いじめ重大事態』とされたあと、学校は警察に『あのときの話はウソ』と否認しました。しかも、学校や教育委員会が『いじめ重大事態の調査をします』と言ったため、警察も法務局も『学校の調査が優先』とされ、手を引いてしまいました」
2023年3月、専門調査委員会が設置された。翌2024年11月、報告書が保護者に提示された。
「報告書は『カッター事件』のことについては、授業でカッターを使ったこと、カッターでAくんとBくんが遊んでいたこと、指導の際に(担任の不注意により手を切ってしまい出血する状況)は認めていますが、すぐに担任に連絡したことは消えてしまっています。
なぜか、10月の面談で初めて知ったことになっています。首締めの件も、当初から相談していたのに、警察に相談に行ったことで初めて学校が知ったことになっています」
警察に相談したあと、学校が2023年2月、児童から聞き取った調査では「(カッターは)置きっぱなしだったこともある」「たたかうようにふり回すポーズをした」「先生がいないときにやった」「先生が使ってもいいと言ったので先生がいないときに使った」「1日置きっ放しのときもあった」と証言されていた。
これらの証言は、個人情報開示で明らかになった。
しかし、開示された資料の中では、同級生の児童が「戦いのポーズをとったことがある」と証言し、「プロレスごっこ」や「戦いごっこ」も認めていた。しかし、ケンジくんの目の近くにカッターを振り下ろしたことは認めていないという。
「あとになってケンジがカッターが放置されていたことを話したのは、担任の先生に自ら話してほしかったからと言っていました。間違いがあったとしても、そのトラブルから成長することもありますが、その成長のチャンスを奪われることになりました。
道徳の授業でどんなことを言うかよりも、先生が普段どう生きているのかが大切です。事実を明らかにしない担任や学校の管理職といった大人たち、それに苦しむ幼いケンジを見ていて、ずっと苦しかったです」
●「悪いことを隠した本人はどんな人生になっちゃうのかな」
その後、ケンジくんは県外に転校した。取材に対して次のように話した。
「最近はいろんなことが、うまくいっています。今、学校と戦っている子たちには『苦しくて、悔しくて、同じことしか考えられなくなったら、思い切って旅に出るといいよ。違う景色を見たら、変わるから』と伝えたいです。
悪いことを隠した本人(担任の先生)や学校の偉い先生たちは、これからも隠し通すことで、どんな人生になっちゃうのかなって、気になっています」